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事業立ち上げのポイント

第5回「実践編 その2(人材活用の仕組みづくり)」<後編>

これまで3回にわたり起業・新規事業立ち上げを支える人と組織というテーマで、そのベースとなる起業(企業)の理念、ミッション、ビジョンの重要性と人材調達のポイントについてお話をしてきました。
今回の「実践編 その2」では、これらの総仕上げとして、起業(企業)の理念に共感し、共通の価値観をもって集まった人材をいかに有効に活用していくかという「人材活用の仕組みづくり」について述べていきたいと思います。
<前編はこちら>


<後編> 

人材育成と評価の仕組みづくりは企業文化をつくること

事業を拡大し、成長させるのは、そこで働く人に他ならないということは、前回の実践編(人材調達)で述べました。
それでは、その人を成長させるにはいったいどうすればいいのでしょうか。ここに、人材育成、評価のヒントが隠されています。自分たちの事業を成功させるために、そこで働く人(社員)に何を求め、どう働いてほしいのか、或いは何をしてはいけないのか、を明確にすることが、企業のルールを決め、その企業独自に人を評価することになるのです。これをもう少し大きくとらえれば、その企業独自のルールをつくったり、人材育成や評価の仕組みをつくったりすることこそが、その企業の文化をつくることになるということです。
このように考えていけば、やることは明確です。自分の会社を大きくするため、事業を推進し、拡大するためにすべきことを考え、それをどう働く人にやってもらうかを徹底的に考えて、それを形にしていくのです。
  
そのためのポイントは二つ。いかに事業や構築しようとする企業文化に忠実でリアルなルールや仕組みがつくれるかということと、つくった仕組みをメンバーとシェアし、その仕組みに対してメンバーにオーナーシップを持たせることです。


自分たちの手による、自分たちのための評価制度

事業立ち上げのフェーズとは少し違う例になりますが、筆者が、とある地方の大手運輸会社の人事評価制度の見直しをお手伝いした時の話です。
その会社の人事評価制度は、営業・管理・技術部門などのスタッフ職では目標管理をベースとした制度、バス運転士やガイドなど乗務員の現業部門ではチェック項目をベースとした制度と、異なる制度が混在していました。安全かつ確実に、お客様を目的地に運ぶことが使命である定常業務中心の現業スタッフにとっては、多くの企業でとり入れている制度であり、決して問題があるわけではありません。

しかし、その会社の労働組合と議論をしているうちに「なぜ現業部門が目標管理制度ではいけないのか」「自分たちにも自社の厳しい経営を何とかしたい気持ちはあるのに、今のチェック項目を中心とした評価制度では、自分たちの思いが上手く反映されない」といった声があがってきました。
そこで、「定常業務が中心の現業では各人が独自の目標を設定しにくい」「今まで目標設定などしてこなかった運転士やガイドが目標を考え、書くことは、そもそも大変」「それを毎年やり続けるのはもっと大変」「そのような中で、きちんと適正に評価することも大変」と目標管理制度を現業に導入することのデメリットも話した上で、議論の末、労働組合の強い希望を取り入れ、スタッフ職と同じ目標管理制度を導入することにしたのです。

もちろん、事前に説明会・勉強会はしっかり行いましたが、やはりこれまで目標など書いたこともなかった現業スタッフは大いに困り、かなりの混乱が起こりました。その後、営業所や班ごとに同じ目標を設定したり、個人目標の数を1つに絞ったり、それらを組み合わせたりと、試行錯誤を繰り返しながら地道に続けてきた結果、現場を悩ませていたお客様からのクレームや事故(もちろん軽微なものではありますが)は減り、コストにつながる燃費が目に見えて下がるなどといった大きな成果につながったのです。
 
これは、もちろん会社の危機に真正面から取り組んだ社員全員の努力があったからこそ成し得たことではありますが、人事評価の仕組みづくりの観点からすると、一般の常識にとらわれることなく、その企業の社員が自分たちでその企業に本当に合った制度を考え、自分たちの手で構築できたこと、そして、労働組合をはじめとする社員が自分たちでつくった仕組みにオーナーシップを感じ、多少の障害があってもへこたれずにそれを大切に育てたからこそできたことだ、ということが言えると思います。

この例にあげたように、自分たちが納得する制度を自分たちでつくり、それを守り、育てていくことが何よりも大切なのです。起業・事業立ち上げ時の企業では、何もないところからこの作業をするわけですから、歴史やしがらみもバッチリある企業に比べて、実はとても取り組みやすいという利点があります。内容や形はどうでもいいのです。自分たちのための仕組みづくりだと信じて、是非真正面から取り組んでいただきたいと思います。


世間水準とずれていないか

企業文化の構築という側面からもう一点、評価制度を構築・運用していく時に気をつけなくてはならないことは、その評価基準があくまでも世の中の常識や世間一般に通用する水準、企業によってはグローバルで通用する水準でなくてはいけないということです。
世間から糾弾を受けるようなトラブルや問題を起こした企業、品質やサービスに問題があり業績を落とした企業に共通して言えることは、評価基準や社内ルールの基準が業界水準あるいは世間水準、一般常識に比べ圧倒的に低いということです。しかも、それらの企業ではその独自の基準が当たり前だと思われ、社内の誰もが疑わない、あるいはおかしいと思う声がもみ消されてしまう状態に知らず知らずのうちになっているケースがほとんどです。
  
数少ない創業メンバーが必死になって事業を軌道に乗せようと、昼も夜もなく働いていると、これらの企業のように世間の常識とずれてしまうことを、ともするとやりがちです。特に、それらに対する抑止力が往々にして少ないのも共通点として言えるでしょう。投資されたお金を自分のものだと勘違いして信じられないような高級な生活を送る勘違い経営者、金を稼ぐためには何をしても構わないとばかりに違法行為や違法行為まがいのことを繰り返す暴走経営者など、その例は枚挙にいとまがありません。是非、少し冷静になって、自分たちを客観的に世間と比べて見ることをお勧めします。もちろん、耳に痛い声を聞く耳がなければ元も子もないことは言うまでもありませんが・・・。


最初から就業規則ありきではない

企業内のルールづくりもこの評価制度づくりと全く同じです。自分たちの事業、ビジネスにとって、どんなルールがいいのかを自分たちで考え、それを明文化していくのです。もちろん、明文化できない慣習もあるでしょう。
家庭には就業規則や規定集などありません。日頃から親が、これはいい、これは悪い、と子供が小さい時から繰り返し注意し、しつこくしつけることでその家庭のルールがはじめてできあがってくるのです。

これと同じプロセスを起業して間もない企業でもやっていくのです。そうすると、起業して会社をつくったら、すぐ就業規則をつくるというのが決して正しいとは言えないことがわかってくるかと思います。そう、自分たちに本当に相応しいルール、規則とは何かを自分たちで事業を進めながら考え、それを繰り返し、慣習化していき、それをある時点で明文化していけばいいのです。

最初から、○○をしなければいけない、○○がなくては動けないと言ってガタガタ言っている間は、まだまだ本当に事業に向かっている姿とは言えません。事業を立ち上げ、会社をつくることはそんな生易しいことではないということです。事業に本気で向かっていれば、自ずと何をしなければならないかが見えてくると思います。まさに事業を立ち上げようとしている方、是非、そういった観点で自分自身、そして周囲を見渡してみて下さい。今までと違った光景が見えてくるかもしれません。


家族手当を第3子から増額した化学メーカー

とある中堅化学メーカーの人事制度の見直しをお手伝いした時のことです。
その会社はオーナー企業だったのですが、そのオーナーとどんな会社にしていきたいのかを話していた時に「子供をつくる家庭が減っている中で、今どき子供を3人以上つくるなんて世間からほめられてもいいことだよね。子孫もしっかり残して社会に貢献しようとするような社員を自分の会社でも大切にしたい。そのような社員は家族を養うために仕事だって一生懸命やるに違いない。事実、○○さんを見てみなよ。・・・」という話をされました。そこで、その会社では、家族手当をこれまで以上に厚くし、特に第3子からは、家族手当を1子、2子よりも大きく増額したルールを導入したのです。
  
評価制度の潮流からいえば、家族手当や住宅手当など属人的な手当は極力なくし、本人の能力と実績に応じた給与にシフトしていくのが一般的かもしれません。しかし、この中堅化学メーカーは、その潮流とは全く逆の制度を取り入れました。でも、これでいいのです。
そのオーナーは、自分たちの会社、社員や社員の思いを大切にしようと考えて、それに合った制度にしたわけです。もちろん、単に社員に甘いだけの会社ではなく、そのオーナーは仕事には厳しく、目標管理制度も同時に取り入れながらきちんと仕事の成果も見て、それを処遇に反映させようとしていました。

この例は、事業立ち上げ時の例ではありませんが、事業を成功に導くためには、このように仕事面での処遇、それ以外の福利厚生面での処遇など、全方位的に社員をとらえ、かつ自社をどんな企業文化の会社にしていきたいかを考え、それを仕組みに落とし込んでいくという面で参考になる事例ではないかと思います。


成功の鍵はコミュニケーション

そして、もう一つ重要なこと。それは、これまでも繰り返し言ってきましたが、トップの思いをきちんと社員に伝えること、すなわち「コミュニケーション」です。前述の社長は、制度改定の説明会に自ら参加し、なぜこの制度にしたのかを熱く語っていました。もちろん、説明会だけで十分というわけではありませんが、そのようなことすら行わないトップがどれだけ多いことか・・・。

1,000名以上の社員の賞与、昇給結果を必ずチェックする社長、2,000名近い大企業であっても現場の技能系社員の面接までにまで立ち会う社長、休日に管理職を相手に自ら勉強会を続ける社長、ランチミーティングや飲み会など社員とのコミュニケーションを欠かさない社長、毎日必ず現場を歩き回る社長など、この厳しい景気環境の中でも業績を上げている企業の社長は、そのコミュニケーション方法はさまざまではありますが、社員や現場とのコミュニケーションをとる努力を怠りません。
特に、人材を育成し、活用するための仕組みづくりには、このトップの思いをきちんと繰り返し伝えるコミュニケーションが不可欠です。そうすることによって、その思いが現場に伝播し、現場組織の中で同じようなコミュニケーションが行われるようになるのです。このプロセスを通じ、社員は会社への帰属意識を実感するとともに上司に認められていると実感し、そしてそこで生まれ構築される仕組みにオーナーシップを持つのです。

起業して、事業を拡大していく過程で人を調達し、その人に最大限の能力を発揮してもらいながら成果をあげ、さらに成長してもらうには、この組織全体でのコミュニケーションとスパイラルアップが不可欠です。是非、いい人を調達し、その人に活躍してもらい、事業の成功をともに味わっていただくことを願って最後のまとめにしたいと思います。

コーポレー
トサポートグループ グループリーダー 寺田 研治郎
コーポレートサポートグループ    グループリーダー
寺田 研治郎